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2020-04-30 14:28:00

座頭の松

かにほ市.jpg                                                   かにほ市

 

秋田県 にかほ市 象潟町小滝字座頭松

いつの頃か、山の麓の雪もようやく消え始め春の訪れを告げる頃、久しぶりに山に出かけた象潟のお百姓がこの長坂まで登って参りますと、大きな松の根方に身動きもせず、うずくまる人影を見かけました。

近づいて見ますと、旅の途中でしょうか、飢えと寒さにすっかり疲れきった女の座頭が息を引き取っているのでした。

そしてその胸にはやせ細った乳飲児がしっかりと抱かれたまま冷たくなっておりました。

この話を聞いた人達は、不幸なこの親子のために、この松の根元に両を建て、座頭松と名づけて親子の霊をなぐさめたということです。

今でも四月の始めに、ささやかな祭りを行いますが、この祭りはすべて、象潟町の子供を持つ母親だけによって行われているといいます。

 

2020-04-30 14:17:00

後生掛温泉

泥温泉.jpg                                                 イメージです。

 

秋田県鹿角市八幡平字熊沢国有林内

 

御生掛温泉は、昭和三十四年、国民温泉の指定を受けています。

この辺りは火山活動が最も激しく、至る所に噴気、噴湯現象が見られ、温泉自体が地獄の上にあるような感じです。

藍色の熱湯を噴く紺屋地獄、二ヶ所の噴出口から熱湯を噴きあげる、オナメ、モトメの他、大小無数の坊主地獄、大湯沼の大噴湯、泥を噴きあげる泥火山など、硫化鉄や酸化鉄の赤い色、褐色、灰色などで色どられているのは、美しいというより不気味さを感じさせます。

特に泥火山は全国でも珍しく、硫黄分を含んだ青黒い泥の山は、絶えず蒸気と泥を噴き出し、火山のミニ模型のようです。

オンドル式と蒸し風呂が名物です。

昭和六十年に作られた「保護館」には男女別の泥湯、蒸し風呂、火山風呂、あんまの湯滝など、七種類の風呂と、外側に露天風呂があります。

(泉質は硫黄含有塩類泉で、神経痛、婦人病、リューマチに効能があります。)

旅館の近くには、伝説、オナメ、モトメの物語を秘めた、二ツの湯があり、

「御生掛にて 逝きにし オナメ 叉モトメ 香りはつきぬ 岩のしゃくなげ」

と和歌に詠まれています。

この地方の方言でオナメとは妾、モトメとは本妻の事で、二人の女性が命をかけて一人の男性を愛した悲しい物語が残されています。

叉、御生掛温泉の裏には、火山地獄見学の遊歩道があり、約四十分ほどでまわれます。

ゴポゴポと音をたてて沸騰した湯が噴き出す、オナメ、モトメや、大湯沼などが見られます。

 

2020-04-30 14:08:00

潟恋橋

 

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秋田県男鹿市

 

八郎潟に住んでいた八郎太郎は、八郎潟が冬になると凍ってしまうため、ほかに住み心地の良いところはないものかと探し回り、一の目潟を見つけました。

しかしそこには一の目姫とよばれる美しい乙女が住んでおり、八郎太郎は乙女を追い出して自分の住みかにしてしまうほど残酷にはなれません。

それどころか恋に落ちてしまったのでした。

恋心を打ち明けようと、この橋まで毎日毎日やって来るのですが、橋を渡る勇気が湧いてこず、とうとう

打ち明けずに終ってしまったと伝えられています。

こんなことがあっていつしか人々はその橋を潟恋橋とよぶようになったそうです

 

2020-04-30 13:58:00

マタギ定六と忠犬シロ

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秋田県大館市葛原

 

今から数百年前のこと、鹿角市大湯の草木に定六(さだろく)というマタギが住んでいました。

先祖の功労によって領主から”天下ご免”の狩猟免状が与えられ、領内はもとより他領や寺社内でも自由に狩りをすることができました。

定六の銃の腕前は、人並み以上にすぐれ、そのうえ子牛ほどの「シロ」と呼ばれる名犬が、猟のよき協力者として、そばにつき従っていました。

ある冬の日、いつものように「シロ」と一緒に猟に出た定六は、体の不調からカモシカを撃ち損じ、夢中で雪山を追いかけるうちに三戸城近くに踏み込んでしまいました。

銃声を聞いてかけつけた役人につかまった定六は、不覚にも猟に必要な「免状」を忘れてきたことに気づきましたが、申し開きもならず、死刑を言い渡されました。

シロは主人定六の危急を悟り、数十キロの道のりを一気にかけもどり、定六の妻にほえたてます。

ただならぬシロの様子に気づいた妻は、そこに残された「免状」と悟り、シロの首に、「免状」を結んでやると、シロは今きた道を主人のもとへ駆け戻っていきました。

シロが主人のもとに駆け戻ったとき、悲しや定六は刑が執行されたあとでした。

所払いを受けた定六の妻は、シロをつれて流浪の旅の末に、ここ葛原に落ちつきました

しかし、間もなくシロの姿が見えなくなり、近くの山で死んでいるのが発見されました。

哀に思った村人たちは、その場所に社を建て、シロの霊をまつりました。

それ以来、集落の人々は忠犬シロの話を伝え、犬を大事にしてきたといいます。

 

 

2020-04-30 13:49:00

錦木塚のおはなし

錦木.jpg

 

秋田県鹿角市十和田錦木

 

むかし鹿角が狭布の里と呼ばれていたころ、錦木を束ねて売りあるく若者が、この地方の豪族・大海の美しい娘・政子姫に恋をし、若者は錦木を娘の門口にそっと立てかけました。

しかし何といっても身分ちがいのこととて、娘の父親の反対で、娘は心ならずも錦木を門前で枯らせてしまいます。

枯れはてた錦木は何本もむなしく重なるばかりでした。

若者は自分の恋が叶えられなかったものとなげき悲しみ、とうとうこの世を去ってしまいました。

これを伝えきいた娘は、自分の力のなさをはげしく責めて、自らも命を絶ってしまいました。

さすがの父親も二人の心をあわれと思い、二人のなきがらを、枯れた錦木と共に手厚く葬りこの地に比翼塚をたてたというおはなしです。

この悲恋物語りは謡曲「錦木」にもうたわれております。

 

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