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2020-07-25 16:52:00

新渡戸稲造 にとべいなぞう

青森県十和田市東三番町24−1

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”願わくは我れ太平洋のかけ橋とならん”の言葉で知られる稲造は、新渡戸伝の長男、十次郎の三男として、文久二年(一八六二)に生まれました。稲生川の通水によって、始めて不毛の地、三本木原に米がとれた記念に、稲之助と命名されました。これが学者、教育家、国際人として高名な、後の、新渡戸稲造博士です。”少年よ大志を抱け”のクラーク博士の教えを受け、日本初の農学博士、法学博士となりました。第一高等学校の校長になり、教え子には、田中耕太郎、安部能成など、今日の日本の発展に大きな影響を与えた人々を沢山教育されました。叉、第一次大戦後、スイスにあって国際連盟事務局長として活躍し、国際平和に精魂を捧げました。伝の開拓精神は、稲造に至って産業開発から学問と、国際平和へと引きつがれました。博士は、昭和八年、七十二歳で、カナダのビクトリヤで亡くなられました。伝の墓である、太素塚には、伝と博士の銅像の他、平成元年に十次郎の銅像も建てられました。