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2020-07-25 17:11:00

八戸市の歴史 はちのへしのれきし

青森県八戸市

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八戸市は、三陸沖の豊かな漁場を控え、全国屈指の魚獲水揚高を誇る水産都市でもあります。そしてここ八戸市は、馬渕川流域の改修によって、新産業都市の指定も受け、新しい息吹きをあげて躍進を続けておりますが、昔をさかのぼってみますと、古くから南部氏の支配を受け、広大な原野による馬産地として有名でした。南部氏は、八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光の後の甲斐源氏出身で、南部三郎光行が、奥州征伐の功により、源頼朝から糠部五郡(岩手県、北より、下北半島に至る太平洋地域)を賜わり、三戸に本拠を溝え、この地方を治めたのが始まりです。八戸に二万石の藩が生まれましたのは、今から三百二十年以上前の、南部直房の時代です。十万石の盛岡藩主、南部重直(二十七代)には、跡目を継ぐ子供がいなかったため、幕府の命により、兄弟である重信に八万石、直房に二万石が与えられ、重信は盛岡に、直房は八戸、三八城山を居城とし、城下二万石菊の里とうたわれる城下町が築かれました。城の跡は現在、三八城公園(JR八戸線本八一戸駅前にある)として整備され、市民の散策地となっております。