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2020-07-25 22:22:00

最勝院五重塔 さいしょういんごじゅうのとう

青森県弘前市銅屋町63

0172-34-1123

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最勝院五重塔(俗に大円寺五重塔)は、国の重要文化財に指定されております。寛永八年(一六六七年)、津軽四代藩主信政が四年の歳月を費やして完成したもので、藩祖為信以来、津軽統一に至るまでの戦で倒れた戦死者の供養塔です。三間五層高さ三十二メートル、巾八メートル四方、釘を一本も使わずに組立てられ、初層には大日如来が安置され、五重目から重心の心棒が下り、二番目の下で終り、その下の一重目に仏壇があります。このように、心棒が二番目で終っている五重塔は、日本には三ツしかなく、鎌倉時代の建立、京都の海住寺の塔と、室町時代の建立、山形県、出羽神社の塔、そして江戸時代の建立によるこの塔だけです。均整のとれた美しい塔として大勢の観光客が訪れます。一番目の軒下に、十二支の文字が彫られている蛙股(かえるまた)がついております。桃山時代から十二支の動物を彫刻したものはあるようですが、文字だけのものは、他に類がないそうです。一番上に丸い物が二ツありますが、上は宝珠、下は龍車(りゅうしゃ)、その下の模様は水煙、九ツの輪は九輪、その下、花が開いたような請花(うけばな)、更にその下は伏鉢(ふせばち)、四角い物は露盤(ろばん)といいます。最勝院は、天文五年の開創、といわれ、慶長十七年に、賀田(よしだ)から、八幡宮と共に弘前城下に移り、「津軽真言五山」の筆頭として、領内寺社の総取締り、寺格最高のお寺で、寺領、三百石でした。津軽真言五山:最勝院・百沢寺(廃寺)・国上寺・橋雲寺・久渡寺をいう。太子堂:境内にある太子堂は、五重塔と同時代の建築といわれております。東側のなかば崩れた石段を登ると仁王門があります。近代北側に新しい仁王門が造られました。この中の仁王像は、廃寺になった百沢寺から移したものです。