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2020-07-25 22:46:00

美人川 びじんがわ

青森市浪岡大字五本松字羽黒平

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浪岡付近は、伝説の多い所です。その一ツに浪岡付近を流れている美人川のお話しがあります。今は名のみばかりの川になってしまいましたが、昔はきれいな川が流れていたようです。京都、近衛家に器量の悪い姫君がいました。福姫といって、信心深く、文学に親しむ毎日を送っていました。器量が悪かったので、どこへも嫁ぐ事ができません。ある日、年老たうらない師が「姫の夫になる人は、遠い陸奥の国、外ヶ浜に住む。」と告げました。福姫は、かなりの月日を重ね、ようやく陸奥の国(今の浪岡)に辿り着き、安心、と喜びにホットし、街道脇を流れていた川の水で顔を洗い、旅の疲れをいやしたのです。そして川の水に写った姿を見て驚きました。そこには、今までの不器量な姫ではなく、花の精のような美女が映っていたのです。姫は、これも日頃信心している神仏のおかげ、と喜び、又、まだ見ぬ恋人を訪ねるうち、陽が落ち、迷っている時、一ツの灯りが見えました。訪れたその小屋が、炭焼藤太の住いだったのです。この藤太は、津軽十三湊に栄えた、福島城主藤原秀直の嫡子、頼秀が世を忍ぶ姿だったのです。関白近衛公の姫、福姫が、ここに藤太、と結ばれ、幸福な月日を、愛児、次郎、と三人で暮らすようになったのです。以来、姫が顔を洗った川を美人川というようになりました。由諸ある身分の者が、山にかくれて世をしのぶという伝説は全国にあり、炭焼藤太の話も、巨万の富を得て幸福に暮らしたという説と、藤太は病いがもとで、二人を残しこの世を去り、姫は泣く泣く京都に帰ったという説があります。