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2020-07-27 14:20:00

千秋公園・久保田城址 せんじゅこうえん・くぼたじょうあと

秋田県秋田市千秋公園

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水戸(茨城県)から移った佐竹義宣は、しばらくは土崎にお城をかまえておりましたが、のちに久保田の神明山、ただ今の千秋公園に新しいお城を築きました。明治四年の廃藩置県までの二七○年にわたつて、代々の藩主にうけつがれ、今日の基礎がついお城を築きました。佐竹義宣が千秋公園を矢留(やどめ)の森とよんだことから、矢留城ともいわれましたが、のちに久保田城、そして秋田城と改められました。城は明治一三年の火災でおしくも焼けてしまいました。お城といえば青葉城(仙台)、弘前城(弘前)あるいは鶴ケ城(会津若松)など、どれも立派な石垣の上に築かれておりますが、久保田城は石垣のないのが特長とされています。これは、佐竹侯が外様大名であるため、徳川家に対する遠慮からといわれます。佐竹義宣はもと水戸の藩主でしたが、関ヶ原の戦いのとき、徳川方に味方したかったため家康にきらわれ、水戸五十万五千石から、秋田二○万五千石に国えされたのでした。公園の中には、佐竹義宣をまつる八幡秋田神社をはじめ、三二代目最後の藩主、佐竹義尭(よしたか)の銅像、物見やぐらのあと、国学者として名高い平田篤胤と農業につくされた佐藤信淵(のぶひろ)をまつる弥高(いやたか)神社、児童動物園などがあります。