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2020-07-27 14:44:00

長木の大蕗 

大館市

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昭和三三年に大館と合併されるまで、この辺りは長木村といわれ蕗の名産地として知られていたところです。五代目秋田藩主佐竹義峯公(一七一五~一七四九年在任)が、江戸城の控の間で、諸候とお国自慢をしあったおり、大蕗の事を話しました。しかし居ならぶ諸候からは一笑に付されてしまいました。諸候の手前、義峯公が国許から実物の大蕗を取り寄せて披露することになりました。藩主の命を受けた国許では、「殿様の一大事」と、藩をあげての蕗さがしがはじまりました。ようように捜しあてたのが長木沢にある蕗で、特大のもの一本で長さ一丈(約三メートル)葉の広さ八尺(約二・四メートル)大が一○本もあったといわれています。刈りとつたもの十荷(荷物の単位)、を大館から江戸まで馬で運びました。諸候もこれにはかぶとをぬぎ、義峯公はおおいに面目を施したといわれます。これ以後、秋田の大蕗・産地長木沢の名が天下に知られるようになりました。残念ながら現在は昔のような大蕗も、秋田蕗を栽培している農家もこの辺りでは見る事はできなくなっています。