インフォメーション

2020-07-27 16:15:00

小林多喜二生誕地 こばやしたきじせいたんち

大館市川口字隼人岱 JR下川沿駅前

0186-48-2119

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

プロレタリア作家として知られる小林多喜二は、大館川口(秋田県北秋田郡下川沿村川口字長里236-1)の生まれです。多喜二は一九○一二年(明治三十六年)、没落農家に生まれ、幼いころここで過ごしましたが、四歳で一家と小樽にうつりました。パンエ場を経営する伯父の援助で、小樽商業をへて小樽高商にすすみ、卒業後北海道拓殖銀行に勤めました。早くから文才を示し、志賀直哉に傾倒しつつ作家の道をこころざしました。二八年(昭和三年)「一九二八年三月十五日」を発表し注目され、つづいて「蟹工船」を書きプロレタリア作家の地位を確立します。その後「不在地主」、「工場細胞」を書き、二九年(同四年)プロレタリア作家同盟中央委員になり、銀行を解雇されています。翌年上京し、プロレタリア作家同盟の書記長に選出され、ついで共産党にはいいりました。三二年(同七年)文化運動への大弾圧がはじまると、彼は地下生活にはいり、執筆中であった長編小説「転形期の人々」の筆を中絶しました。三三年(同八年)二月二十日、警視庁のスパイの手で逮捕され、特高警察により拷問虐殺されています。三十歳でした。