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2020-07-27 22:25:00

男鹿の地名由来 おがのちめいゆらい

男鹿市

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「日本書紀」の斉明天皇四年(六五八年)に「阿部臣が蝦夷征伐のため鰐田浦(あきたうら)にはいったとき、蝦夷の酋長恩荷(おんが)が帰属した」とあり、この鰐田浦とは男鹿半島南岸から秋田市にかけてひろがる沿岸部のことで、酋長恩荷がなまってオガになったのではないかという説。海をを航行して来た人々は、陸の突端を発見したときあまりの嬉しさに「おかだ」とさけぶと言うことで、その丘が日本海では「男鹿」になり、金華山沖では「牡鹿」(宮城県)になり、また玄界灘では「遠賀(おんが)」(福岡県)になったと言う説などなど、いろいろな説がありますが、はっきりしたごとはまだ分からないようです。