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2020-07-28 21:58:00

毛馬内の盆踊 けまないのぼんおどり

鹿角市十和田毛馬内

0186-35-3147

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「甚句踊りの始まる時は へらも杓子も手につかぬ」。毎年八月二十一日から二十五日までの五日間、鹿角市十和田の中心、毛馬内で行われる盆踊りは、県内三大盆踊りの一ツで、昭和五十二年に国の無形文化財に選ばれました。踊りは隣接の村々からはじまり、最後に町内の踊りとなり、七町内にわたって篝火がたかれそれを囲んで三百人位の輪をつくり、太鼓、唄に合わせて夏の一夜を踊り明かします。

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八月十六日から一週間にわたり、夜ふけまで踊る盆踊りが、一日市(ひといち・八郎潟町)、西馬音内(にしもない)(羽後町)と共に、県内三大盆踊りの一つ、”毛馬内盆踊り”です。緩やかで大振り、優雅で洗練された踊りとして、県の無形民俗文化財に指定されています。この踊りは大の坂節と甚句踊の二種類があって、起源は定かではありませが、京都の念仏踊りの流れをくむといいます。唄のみで踊る「甚句踊」は永禄九年(一五六六)から翌年にかけて安東愛季(ちかすえ)が鹿角(かずの)に攻め入ったとき、南部信直が撃退し、将卒の労をねぎらうために歌舞を催したのが始まりです。太鼓と笛の音に合わせて踊る「大の坂」は明暦三年年(一六五七)、南部藩重臣の桜庭光英が宮古市から毛馬内に移封されたときからあったといいます。暮色ただよい、灯ろうに明かりがともるころ、大太鼓の音がとどろくと、紋付、裾模様の盛装、あるいは変装した老若男女かつどいます。戦国時代、踊っている最中に女性がさらわれることがたびたびあったため、男と女が互に変装したのが始まりといわれています。