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2020-07-28 22:01:00

十和田毛馬内 とわだけまないまち

鹿角市十和田毛馬内

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天文年間(一五三二~五五)に南部政康の五男秀範が毛馬内二千石に封ぜられてこの地に入ります。その後南部利直が直接指示をして、柏崎館が造られました。(柏崎館跡が残っている)いま石町と呼ばれる一帯にはヒバの生けがきが続く奥に往時をしのぶ武家屋敷が残っています。江戸中期の伊藤家や、十和田湖でヒメマスの養殖に成功した和井内貞行、新聞記者から京都大学教授として、わが国東洋史学の発展に活躍した内藤湖南の旧宅もあります。また、毎年八月一六日から一週間にわたって、”甚句踊りの始まる時は  へらも杓子も手につかぬ”と夜ふけまで踊る毛馬内盆踊りもよく知られた夏の風物詩です。