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2020-07-30 22:36:00

小野小町生誕地

湯沢市小野(旧雄勝郡雄勝町小野)

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ここ小野は絶世の美女といわれ、また歌人として有名な小野小町の生まれた土地といわれています。小町は今から一二○○年以上前(大同四年といわれている)出羽の郡司小野良実と郷士松田治郎左衛門の娘大町子との間に生まれました。天性の美ぼうと才智の持ち主で、一三歳の時、父とともに都にのぼり、舞や琴にも優れ、特に短歌に秀でた小町はその後宮仕えをし、六歌仙の一人に数えられています。小町は深草少将と恋仲に陥いりましたが、四○歳の頃出羽に帰郷、やがて後を追って深草少将も郡代職として小野の平城に着任しました。しかし二人の恋は実らず少将は亡くなってしまい、小町は恋人の霊をなぐさめるため九九本の芍薬を植え、生涯独身のまま昌泰三年(九○○)九○歳を越えて天寿を全うしたといいます。小町の遣言により、遺体は芍薬塚に近い二ツ森に少将の遺髪とともに葬られました。  *小町堂と芍薬塚:小町堂のそばに芍薬塚があり、幼いときから芍薬の花が大好きで、一三歳の小町が植えたといういい伝えがあります。芍薬が咲き乱れる六月二○日には、小町堂例祭(小町まつり)が繰り広げられます。当日は巫女舞、謡曲が奉納され、打ち掛けに市女笠という七人の小町娘が「花の色は うつりにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせしまに」など、小町のよんだ和歌を朗詠、奉納をいたします。小町堂は昭和二八年に建立されました。このように、歌人小町をしのび平安王朝風俗を繰り広げていますが、美女の代表、平安朝の代表的女流歌人といわれる小野小町ですが弘仁貞観期(八一○~八七七)中頃にかけて生きたらしい、ということだけで、本当の素姓や経歴なども明らかではありません。しかし、それはそれとして伝説の域を出ない小町ですが、この小野地区に無数にある遺跡や史料、語り伝えなど、小町ロマンがあふれ、人々に楽しい夢を与えてくれます。