インフォメーション

2020-07-31 09:37:00

猩々の道しるべ しょうじょうのみちしるべ

横手市十文字町字西上24番地1 

0182-42-1345

-------------------------------------------

江戸は文化年間(一八○四~一八)、ここらあたりは十五野といわれる広大な野原で、その中を横手~湯沢の駅路と、浅舞~増田の街道が直角に交差していました。人々は十字路の形のままに増田十字路と呼んでいました。そのころ増田の通覚寺に天瑞和尚という酒好きの住職がおり、檀家で般若湯(僧の隠語でお酒のこと)をふるまわれ、したたかに酔ってこの十字路にさしかかることがたびたびありました。「はてさて、どっちの方角が増田だったろうか?」といつも迷ってしまいます。そこで頭をひねったあげく、謡曲に登場する酒仙(俗事を離れて心から酒を楽しむ人、または酒豪)の、「猩々」の像を造り、増田に背を向けてこの四つ角に建てました。そして碑の下に「猩々」の左は湯沢、右横手、後ろは増田、前は浅舞」と調子のいい戯歌(ざれうた)を刻みつけました。これは文化八年(一八一一)のことです。以来、ここを行き交う旅人や、近所のわらべまでもこの歌を口ずさみ、吹雪の日の人も、酒に酔いしれた人も、この像のおかげで道に迷うこと、もなくなった…………。」と国学者であり紀行家の菅江真澄は「雪の出羽路」に書きつけています。