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2020-08-03 15:53:00

久慈市 くじし

久慈市は、岩手県の北、陸中海岸国立公園の北端に位置します。久慈の地名は、アイヌ語で、くびれた地形を意味するのだそうです。市の中央を久慈川が流れ、長内川、夏井川と合流して太平洋に注いでいます。久慈川は上流の山地で久慈渓流の美をつくり、久慈湾の南には海女が働く久慈海岸があります。南部一族の久慈氏の城下町として栄えた地で、昭和五十年に久慈港が、重要港湾の指定を受け、岩手県北開発の拠点として注目を集めています。久慈の朝市も良く知られており、叉、柔道の三船久蔵氏の出身地でもあります。

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市の中央部を夏井川、久慈川、長内川が流れ、この三河川が河口付近で合流して久慈湾にそいでいます。市街地はこれらの河川が下流一帯につくった沖積平野にひろがっています。江戸時代には現在の久慈湾より北の久慈川の河口に久慈湊がひらけており、漁港として利用されたばかりでなく、海藻類、鉄、塩、大豆、暁狛、木材を送り出し、米などを入れる港として栄えました。寛文四年(一六六四)久慈は、八戸藩が盛岡橘か分立して以来、八戸藩領になり、明治維新を迎えています。そして盛岡藩のころから、付近の砂鉄鉱床の採掘を行ない、古くから鉄産業が栄えていました。昭和十四年、日中戦争によって鉄需要がふえると、川崎製鉄が進出してきましたが、同四十二年には工場が閉鎖、され、長く隆盛を見せていた久慈の鉄産業は灯が消えました。