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2020-08-03 16:07:00

鶏の祟り?伝説 にわとりのたたりでんせつ

九戸郡種市町

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岩手県九戸郡種市町から青森県三戸郡階上町の県境に「二十一」と書いて「にそいち」と呼ぶ名の集落がありました。元禄三年(一六九○)の八戸藩の巡視帳にも二十一村は存在しており、その名の通り、二十一軒からなる漁村であったといいますが、いつのころからかこの集落はなくなってしまいました。これについてこんな話が残されています。二十一集落の漁師達は、毎朝一番鶏の鳴き声で目を覚まし、朝のあけないうちに小舟を出し漁をする、という生活をしていました。漁には非常に恵まれておりましたが、時には不漁で魚がまったく獲れないこともありました。しかし一人の漁師だけは、他の人がどんなに不漁の時でも必ず魚を獲ってきました。不思議に思って聞いてみますと、その漁師は魚のえさに鶏の肉を使っているというのです。そこで、その他の漁師も皆それをまねて鶏の肉をえさに使いました。するもおもしろいように魚が獲れ、この集落の二十一軒は不漁がなくなりました。ところがある日のこと、鶏がけたたましく時を告げ、二十一軒の漁師が皆とびおき、先を争って沖に舟をこぎだしました。ところがいくらたっても夜が明けません。そのうちに風が吹きだし、雨も加わって海は大荒れに荒れて沖に出た舟はみんな波にのまれてしまいました。やがて暴風雨がやむとバラバラにこわれた舟が、波打ちぎわに漂着しましたが、その舟の木片には鶏の毛や肉がこびりついていたということです。残された人達は鶏のたたりと恐れるようになり、えさには鶏の肉を使用しなくなったということですが、一家の働き手を失った二十一軒の集落は、生活に困り、一軒、二軒と立ち退いて明治に入るころはまったく跡がなくなったということです。