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2020-08-03 16:09:00

西行屋敷跡 さいぎょうやしきあと

九戸郡野田村玉川

0194-78-2926

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西行法師が東大寺再建のため平泉の砂金勧進を目的に奥州にやって来たときのこと、途中玉川の景色に見ほれて、海岸の見える丘に東西十間ばかりの広さの岩の上に仮住まいを建てて暮らしていました。ある時近所に住む「えいほう」という海女が、毎日海草を取りに来るのを見て「えいほうは、毎日浜に来ているが、打ち寄せる波の数は知らぬだろう」と思い、次のような狂歌を詠みかけます。「えいほうは 毎日浜に通えども 寄せ来る波の数を知るまい ところがえいほうは 西行は諸国修行いたせども 空なる星の数を知るまい」。逆にやりこめられた西行は、一介の海女に文学のたしなみのあることに驚き、深く恥じてこの玉川を去ったと伝えられています。こうして西行が狂歌を詠みかけ、女子供に逆にやりこめられる話は、北は青森から南は沖縄まで、じつに西行が行脚をしていない土地にまであるそうで、一般にこれを西行伝説とよんでいます。