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2020-08-03 22:08:00

一ツ苗代長者ケ森の伝説 ひとつなわしろちょうじゃ

下閉伊郡岩泉町袰綿一ツ苗代

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東北地方は、民謡と伝説の宝庫といわれておりますが、山深いこの地方にも数々の民謡と伝説があります。一ツ苗代にも「駄引(だびき)長者」という話が伝えられております。「駄」といいますのは、駄馬のことで、あまりよくない馬を引いて都に行き、良い馬に見せかけては高く売りつけることから、このようなありがたくない揮名をつけられています。昔、一ツ苗代は、こんもりとした森に包まれておりましたが、この森の中に「加賀の長者」という金持ちが住んでおりました。元は貧しい家でしたが、若い頃からなかな商売上手で、この地方で育てられた馬を買い集めては京の都まで引いて行き、南部駒というふれこみで高く売っては、こつこつ財産をためていたのでした。しかし、この長者は非常に欲が深くけちんぼで、馬を買うときは何かと難癖をつけて安く買い、この地方の人達からは「駄引長者」とよばれて軽蔑されておりました。財産もできて、何不自由のない生活をしているのですが、「駄引長者」とさげすまれることが悔しく、身分のある都の公家の姫を妻に迎えたら、悪口もたたかれなくなるだろうと考え、すぐ女房を離縁して、都へのぼりました。しかし、がめつい長者は、公家にお金を出すのが惜しくなり、強そうな若者三人に少しの金を与えて、公家の姫をさらわせ、その夜のうちに京を旅立ち、この山深い一ツ苗代に帰っていりました。この山深い里までは京都から追手も来ないだろうと安心しておりましたが、肝心の姫は、一言も口をきかず、人形のように何の反応も示しませんでした。せっかく苦労してさらってきた姫も、駄引長者の思うようにならず、味気ない毎日がつづき、その上、いつ姫に逃げ出されるか心配で商売に出かけられず、いつしかノイローゼになってしまいました。こうして一年も過ぎたある日のこと、長者の屋敷に白装束の六部行者が立ち寄り、型どおりのお経をよんだあと、「この家には不幸が訪れる」とつぶやきました。これを聞いた長者は、驚いてその悪魔を追払う方法を行者に教えてもらいました。翌日長者は、行者から聞いたとおり、桃の枝で弓を作り、よもぎで作った矢を持ち、はるかな山の上からわが家にむかって射かけました。すると中から髪を振り乱した怪物が二匹三匹と躍り出て、駿馬にまたがり、西の方を目指して駆け出しました。驚きながらこの様子を見ていた駄引長者は、やがて悪魔も退散したころかと、わが家へ帰ってみたところ、馬はすべて毒殺され、姫の姿はどこにも見あらず、大切な金もなくなっていました。実は京の都からさらってきた姫は公家の新妻で、六部行者は、最愛の新妻を捜して京の都から来た公家だったのです。こうして姫はもちろんのこと、大切な金もなくなり、召使たちもいつしか次々と去って、大きかつた長者屋敷も、それから何年もたたずに跡形もなくなってしまったのでした。長者が死ぬ時に「朝日夕日のさすところ漆千金黄金百杯」と言ったそうで、それが今に伝わっております。