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2020-08-04 09:30:00

遠野市 とおのし

四方を山にかこまれた遠野市は、南は気仙、江刺、西は稗貫、北は下閉伊に通じる交通の要路にあたり、むかしは遠閉伊(とおへい)とよばれていました。文治五年(一一八九)、源頼朝が平泉藤原氏を滅ぼしたとき、これに軍功のあった阿曾沼氏の所領となりました。寛永四年(一六二七)阿曾沼氏は遠野を追われ、以来南部氏一万二千五百石の城下町、海産物資の集散地として栄えました。高冷地のため冷害に見まわれることが多く、そのため馬産がさかんで、ここの馬市は全国に知られていました。明治四十二年、柳田国男が『遠野物語』を著し、民俗学のうえでも知られるようになりました。