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2020-08-04 10:01:00

九戸の乱 くのへのらん

二戸市

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”九戸の乱”は、天正十九年(一五九一)、南部藩の二十六代藩主の選任門題からの対立で、九戸政実は南部信直と、これに加勢する、豊臣秀吉の六万の大軍を迎え撃ったのです。西に馬渕川、北に白鳥川、東に猫渕川に囲まれ、南は崖、と難攻不落の城九戸城で政実は、五千の城兵で闘ったのですが、最後は謀略によって落城したといわれます。政実は、宮城県三迫まで護送され、そこで斬首されました。政実の子、亀千代はひそかに薩天和尚に養われ、後に堀野三右衛門となのって、徳川家康に仕えたと伝えられております。(薩天和尚は、九戸氏の菩提寺、長興寺の住職です)