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2020-08-04 21:38:00

高村山荘・記念館 たかむらさんそう

花巻市太田3-85-1

0198-28-3012

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高村山荘は、彫刻家で詩人の高村光太郎が、晩年の昭和二十年から七年間、自炊生活を送った山小屋です。光太郎は、昭和二十年四月、東京で空襲にあって焼け出され、花巻の宮沢家に疎開いたしました。その年の十一月にこの小屋に移り、以来、昭和二十七年十月、十和田湖畔に乙女の像を建てるため、上京するまで、この山荘で過したといわれます。毎年五月十五日、山荘前で高村祭りが盛大に行われます。この山荘は、地元の人々によって套屋(とうや)が作られ保存されています。近くのハンノキ林の中に、”雪白く積めり”の詩碑や、智恵子展望台と名付けられた見晴し台への登り口があります。展望台からは、花巻市街を眼下に見下し、遠く早池峰山を望むことができます。光太郎は、この岩手の自然の景色を、亡くなった最愛の妻、智恵子に案内してあげようと、「案内」という詩を書いております。「三畳あれば 寝られますね これが水屋 これが井戸 山の水は山の空気のようにおいしい あの畑が三畝 今はキャベツの全盛です ここの疎林が ヤツカの並木で 小屋のまわりは 栗と松 坂を登るところが見晴し 展望二十里 南にひらけて 左が北上山系 右が奥羽国境山脈 真中の平野を北上川が縦に流れて あの霞んでいる突きあたりの辺が 金華山沖ということでしょう 智恵さん気に入りましたか、好きですか 後の山つづきが毒が森 そこにはカモシカも来るし熊も出ます。 智恵さん斯ういうところ好きでしょう」と、この様に詩っております。近くに、彼を慕う人々によって建立された、高村記念館があり、遣品の他、彫刻、色紙などが展示されています。