インフォメーション

2020-08-10 09:36:00

塩竈市 しおがまし

 

東北の海の玄関といわれる塩釜市は、三陸漁場の根拠地で、松島湾遊覧と沿岸遊覧の発着港でもあります。松島湾内、千賀の浦に臨んだ水産都市であると同時に、千古の歴史をとどめる塩釜神社を中心とする観光都市です。昔は、帆手の浜とよばれて、海水を天日に干して塩をつくっていました。奈良時代に入り、東北行政の性格をもつ多賀城の体制が成立すると、、兵糧として、沢山の塩が必要になり「藻塩焼」の製塩が行なわれるようになりました。藻塩焼は塩分を含む海草を刈り、天日にさらしては潮をかけ、濃い海水にして煮つめ塩を作りました。釜も始めは、竹を組んで粘土を塗り、乾かした土器に近いものでした。鉄釜を使うようになりましたのは、鎌倉時代以後といわれております。塩釜の地名もそれに由来して起ったものです。塩釜神社の門前町、そして遊廓の町として知られた塩釜も、今は、漁港、商業港、観光港として、めざましい活況をみせております。遠く、神代の頃、経津主命(ふつぬしのみこと)が国土平定のために、戦の神、武槌甕命(たけみかづちのみこと)、産業の神、塩土老翁命(しおつちのおじのみこと)をお連れになり、塩士老翁命が人々に治水の方法を教え、医療を施し、水産、と製塩の用法を伝えました。こうして、現在の塩釜市の基をお作りになったという事です。