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2020-08-10 09:39:00

塩釜甚句 しおがまじんく

塩竈市

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東北は民謡の宝庫といわれます。どこの土地に参りましても、その地方の生活の中から生まれた唄があります。この仙台は、伊達家三代藩主、綱宗公の頃から、城下に遊廓を置く事が禁止されました。そのため、町の若衆は、街道五里の、この道を塩釜まで通ったといわれます。塩釜甚句は、こうした情景を、唄にしたもので「塩釜街道に 白菊植えて 何を聞く聞く アリャ 便り聞く 塩釜出るときゃ 大手ん振りよ 奏社の宮から 胸勘定」などと唄われます。街道に植えた白菊に想いを託して、どうぞ恋しい人のもとへ、私の胸の内を伝えて下さい。と色里の女性の気持を語っております。別れを惜しんで、塩釜から大手をふって帰ってきたものの、城下が近くなるにつれ、昨夜の散財が気になり、財布の中を胸算用しながら、帰る客の様子が、あとの唄に良く出ています。