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2020-08-10 11:09:00

おしおき場の話 おしおきばのはなし

仙台市泉区七北田

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泉区七北田は、古くから泉ヶ岳登山口として知られ、叉、奥州街道の宿場町として、発達したところです。藩政時代、この七北田には、伊達藩のおしおき場がありました。刑の中で一番重いのは、「のこびき」、「火あぶり」、「はりつけ」、「さらしもの」の順でした。昔、仙台の八幡町に安達由兵衛という大金持が住んでおりました。町人でありながら剣術を学んで、後に武士になった人ですが、ある夜、土蔵の中にチラチラ明りが見えたので、由兵衛は槍をふりまわしながら、「盗賊出て参れ」と大声でさけびました。その勢いに盗賊も恐れて姿をあらわし、由兵衛の前にひざまづき、「丹那様、命ばかりはお助け下さい。私は伊達太郎と申し、手下を三百人ほど持つ盗賊の頭です。この辺りを日夜荒らしまわっているのは、私の手下ですが、若しお助け下さいましたら、今後この町に手下共は絶対に入らせません」と頼んだのですが、由兵衛は聞き入れず、町奉行に渡してしまいました。伊達太郎は、七北田の刑場で処刑される事になりましたが、その寸前、群がる見物人に対してこの中には、きっと安達家の者もいるだろうが、今から七代後迄たたってやるから忘れるな」とさけび「伊達太郎 安達の蔵をみたばかり つい七北田の 土となりけり」と辞世の句をよみ、死んでゆきました。その後、不思議な事に、安達家は由兵衛から七代後に全滅してしまったとの事です。