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2020-08-10 11:12:00

笈分如来の伝説 おいわけにょらいのでんせつ

仙台市泉区福岡阿弥陀前8

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出羽村山郡慈恩寺に覚明という念仏僧がおりました。前から阿弥陀如来像が欲しく、湯殿山に登り霊感を得、当時、都で一番聞こえの高い仏師・快慶を尋ね、仏像の制作を頼みました。その熱心さに打たれた快慶は、一心不乱に仏像を彫りあげました。完成した阿弥陀像は神々しく、見事な出来栄えでした。朝な夕なに拝んでいるうちに、手元から離すのが惜しくなり、期日をのばしのばし、二年目に再び訪れた覚明に仏像を渡したのですが、仏像を拝みたい気持をおさえきれず、覚明の後を慕って走り、江州草津の宿場で追いつく事ができました。(江州は、現在の滋賀県)お顔を拝むのもこれが最後と、心に念じながら笈を開くと、不思議な事に、仏像は二体になっていたのです。まぱゆく光り輝く二体の仏像を、一体は覚明が、一体は快慶が背負って帰り、京都の蓮光寺に安置しました。以来この阿弥陀如来像を、笈分如来と呼ぶようになったと伝えられます。