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2020-08-10 14:19:00

末の松山 すえのまつやま

多賀城市八幡

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末の松山、沖の井、沖の石などと呼ばれるこの地方は、古くから歌人に親しまれた歌枕の地で、別名、波打嶺といいますが、現在では、丘の上に二本の松が立っているだけになってしまいました。小倉百人一首にもよまれた所で、「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとわ」とあり、清原元輔(三六歌仙の一人で、清少納言の父親)の歌で知られます。「歌意」:貴女と私は、約束したではありませんか、お互い涙でぬれた袖を絞っては「あの末の松山を、波が越す事があるまいように、どんなことがあっても二人の愛は何時までも変わらない」。昔は、松山の下まで海だったようです。