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2020-08-10 14:55:00

関山峠 せきやまとうげ

宮城県と山形県とを結ぶ峠

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山形と仙台を結ぶこの四八号線は、およそ千年位前から人々の往来があったといわれます。鎌倉時代、頼朝に破れた大河兼任(おおかわのかねとう)は、峠を越えて関山にのがれ、高揃村(たかだまむら)願行寺の開祖・願行上人は、東北を巡られた蓮如上人の命を受け、この関山峠を越えたと伝えられます。その後、今から三○○年程前から通る人々も増え、仙台藩は作並に、山形藩は長坂に関所を設け、通行人を取り締りました。みちのくを旅した芭蕉は、元禄二年に鳴子から山刃伐峠(なたぎりとうげ)を越え、山形県に入り、紀行文・奥の細道によって大きな足跡を残しました。その跡をたずねて、俳人・正岡子規も明治二六年関山峠を越え、山形入りをしています。八月五日、作並に泊った子規は、翌六日大汗をかいて登った時の様子を、「果知らずの記」の中に、「三伏の猶、冷やかにして、陸羽を吹き通す風、腋の下に通りて、汗まさに氷らんとす」と記しています。(標高五九四メートル)「ほの暗き トンネル行けば 夏もなし 涼しさや 羽前をのぞく 山の穴」この二首は、子規がトンネルを通った時の感じを詠んだものです。