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2020-08-10 15:06:00

松島と芭蕉 まつしまとばしょう

宮城郡松島町松島

022-211-2111

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俳人芭蕉が、おくの細道の旅に出たのは、松島を見物したいためだったとも言われています。おくの細道のはじめのところに「松島の月まず心にかかりて」とか「このたび、松島象潟の眺め共にせん事を悦び」と書かれてありますが、芭蕉は松島の景観があまりにもすばらしかったので、とうとう一句も詠むことができませんでした。芭蕉の松島賛歌を、「おくの細道』の一節から拾ってみましょう。松島のよさはわが国で比類のないもので、洞庭湖や西湖に優るとも劣るまい。東南より海が入り込み、湾をつくること三里、満ちるときは河口から潮が逆流するという銭塘江(せんとうこう)を思わせる。島々は数え切れず、そびえ立つものは天を指さ‐し、伏すものは波にはらばいになっている。あるものは二重に重なり、あるものは三重にたたみ上げられ、左に別れるかと思うと右に連なっている。かと見れば小島を背負い、小島を抱き、まるで子や孫を可愛いがっているようだ。島々の松は緑濃く、その枝葉は潮風に吹きたわめれられているが、それでいておのずからそうなったようにみえる。そうした眺めはいかにも静かで奥深く、蘇東波(そとうば)が西湖を比して西施(せいし)といったように、まことに美人の顔(かんばせ)を思わせる。大山祇の神がつくられたものであろうか。天地万物を創造する天のなせるわざとも言うべきである。だれが筆をふるって書きつくすことが出来よう。」(『われもまたおくのほそ道』森敦訳)