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2020-08-10 15:30:00

瑞巌寺 ずいがんじ

宮城郡松島町松島町内91

022-354-2023

 

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国宝、瑞厳寺は、天長五年(八二八)、今から千二百年以上前に慈覚大師の創建と伝えられる天台宗延福寺が前身で慶長十四年(一六〇九)に伊達正宗が、五年がかりで再建した、東北第一のお寺です。本堂の内部装飾の華やかさに対し、外部や庫裏の重厚さの二重性が特徴になっております。建築、彫刻、回廊、障壁画はすべて桃山時代の優れた遺構で、いずれも国宝に指定されています。八畳間ほどの屋根のついた「煙出し」のある庫裏は、京都の妙心寺、大徳寺と並ぶ、日本三大庫裏の一つです。叉、境内山上には、桃山時代建造の鐘楼が建ち、名鐘とうたわれた鐘の音は、除夜の鐘で知られております。瑞厳寺本堂には、敵に備琴えてのZ字形の玄関や、武者隠しの間があります。縁側には、走っても滑らないように、滑り止めがしてあり、海からの守りとしての、城の役目もしておりました。この説は、昭和五八年に行われた本堂の畳替えで裏付けられました。本堂には孔雀の間など九つの部屋があり、一四九枚の畳が敷いてありますが、厚さはみんな九センチで、普通の畳の一、五倍。床板もかなり厚く、縁の下から刀や槍で突いても、絶対に通らないようになっておりました。叉、瑞厳寺の隣にある、水主町は、仙台藩のお船方(水夫)が住んだ町で、御座船の鳳風丸、孔雀丸、練習船の大船、小船で訓練を怠らなかったのです。政宗はへ仙台城の守りが破れた時には、瑞厳寺を出城として戦いに撃って出る考えだったという説が、根強く残っております。叉、瑞厳寺と水軍を足場に、海外に出る夢を描いていたと言われ、家臣の支倉常長をローマに遣たことなどから見ても、その説は正しいようです。