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2020-08-13 10:46:00

上山市 かみのやまし

松平氏三万石の城下町として栄えた所で、山形市と並んで蔵王国定公園の玄関口になっております。蔵王山を間近に仰ぎ、市域の東は坊平高原や刈田岳山頂あたりまで及び、市街地には古くから栄えた温泉が点在して蔵王観光の基地としての賑わいを見せています。町並は古くからの武家屋敷が残り、桜の名として知られる城跡の月丘公園があります。公園の西側には上山温泉郷があり、その一部には幕府の命によって上山に流された沢庵和尚の茶室の「春雨庵」が復元されています。叉、歌人斎藤茂吉氏の故郷でもあります。上山は、古くは「神山」と書かれ、叉、山形に対して「上の山形」ともいわれておりました。延文年間(一三五六〜一三六○)にこの地を領した最上満長が上山氏を称したことから上山の地名があります。

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松平三万石の城下町上山市は、蔵王国定公園の玄関口であり、温泉の町として豊かな観光資源を誇っています。上山は古くは神山、神様の神に山という字を用いておりましたが、延文年間(一三五六〜一三六○)に、この地を領した最上満長が上山氏を称したことから、現在の上山の地名となりました。その後、上山義忠が高楯から月岡に城を移し前川の川筋を変えて城下町として整備を計って現在の市の基礎をつくりました。江戸時代は松平氏、土岐氏、金森氏と城主が替わり、元禄一○年(一六九七)松平氏が入部して明治維新まで続きました。又、上山は羽州街道の分岐点に当り、宿駅としても重要な位置を占めていた所です。長禄年間(一四五七〜一四六○)に、肥前の僧、月秀上人が温泉を発見して以来、現在、湯町をはじめ新湯、葉山、高松、河崎などの温泉も開発され、県内でも大きな温泉都市として発展しております。特産品としては、関根の紅柿(干柿)と、高松部落の麻布紙が有名です。

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上山市は山形盆地の南の端にあたり、蔵王連峰と白鷹丘陵につつまれた地域にあります。かつて城下町であり、温泉町として栄え、旅人や湯殿山まいりの信者たちから、奥羽三楽境随一の温泉場といわれた上山温泉は、月岡城のあった月岡公園を中心に、湯町・新湯・河崎・高松・葉山の温泉街があります。また、北の湯町と羽州街道ぞいの温泉を”鶴脛の湯”ともいいます。この”鶴脛の湯”の名の由来は、長禄二年、(一四五七)に九州・肥前(佐賀県)の僧月秀が上山にたどりつき、経塚山の南ふもとにある寺に落ち着きました。そのころ、湯町一帯は沼地でしたが、ある日のこと、一羽の鶴が傷めた脚を沼の水につけ、やがて飛び立って行ったのを月秀が見て、温泉がわき出ているのに気づいたという伝説が残っています。上山の名の由来はいろいろありますが、古くは神様の神に山の字を書いて、「神山」といっていましたが、この土地が早坂というところを境に山形に対して「上の山形」と呼ばれていたので、上の山と書いて「上の山」になったといわれています。江戸時代には羽州街道と米沢街道の分岐点にあたり、交通上、重要な宿場町でしたが、現在では国定公園蔵王連峰のエコーラインの入口にあたり、蔵王をおとずれる観光客の拠点になっています。