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2020-08-13 10:52:00

木地屋 きじや

上山市小倉

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木地屋のおこりは平安の初めの文徳天皇の頃といわれます。天皇には二人の皇子があり、弟の惟仁親王が天皇の位につかれたため(清和天皇)、兄の惟喬親王はこれを深く悲しみ、近江国の小椋郷の山中に身をひそめました。或る日、ドングリのヘタが落ちているのを見てロクロを考え出し、二人の樵に命じて「お椀」を作らせました。このお椀の出来栄えが大変良かつたので、そのほうびとして二人に小椋と、藤原の姓を給わったと伝えられます。この二人が木地屋の先祖で、その子孫が東北に移住したのは近江の蒲生氏郷が天正一八年に会津にお国替になった時からです。木地屋の子孫が氏郷と一緒に会津に移り、木地屋部落を開きました。福島県の桧原湖の近くに早稲沢という場所があります。そこには小椋姓を名乗る家が沢山あります。