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2020-08-13 22:08:00

春雨庵 しゅんうあん

上山市松山2丁目10−12

023-672-0824

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春雨庵は、江戸時代に紫衣事件で上山に配流された沢庵禅師が住んだ庵です。「最上川 早瀬に月も流されて しばし浮世に 住むかいもなし」と、うたって嘆いた禅師に時の領主・土岐頼行は松山台に庵を与え、ねんごろにおもてなしたのです。*沢庵禅師:江戸時代初期の大徳寺派の僧で、仏教、学問に秀いで、政治的手腕にも富んでいました。一○歳の時から修業し、慶長一二年(一六○七)三五歳で京都紫野の名刹・大徳寺の第一座主となり、元和六年(一六二○)大徳寺から故郷の但馬に帰りましたが、七年後の寛永四年に再び上洛しました。大徳寺住職問題に関係しているうち紫衣(しえ)事件にまきこまれて上山に流されましたが、寛永九年(一六三二)に許されております。その後、三代将軍家光の信任が厚く、江戸品川に東海寺を与えられ、正保二年十一月(一六四五)七三歳の生涯をとじました。 *紫衣事件:寛永二年(一六二七)朝廷の権限において高僧に与えていた紫の衣を、沢庵も御水尾天皇から受けましたが、幕府はこれを無効としました。幕府の朝廷に対する優位を決した事件で、幕府は法度を励行するために、元和元年以前に紫衣着用を許された者はそのままにし、それ以外の者の紫衣をとりあげてしまったのです。これを不満とする大徳寺北派の僧と沢庵などが幕府に抗議をしたのですが聞き入れられず、逆に処罰されて上山に流されたのです。