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2020-08-14 14:58:00

鶴岡市 つるおかし

昔は大宝寺と呼ばれ、鎌倉時代にこのあたりを統一していた武藤氏が築いた大宝寺城を中心にできあがった城下町です。戦国時代には、上杉氏の領地となりましたが、江戸時代のはじめに山形の最上義光の領地となり、鶴岡と名も改められました。その後、酒井忠勝が入り、幕末まで酒井家によって治められました。街並は戦争や大火にあわなかったため、古い城下町の面影をとどめております。

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井伊、本多と並んで、徳川四天王と言われた酒井家が治めて来た、歴史のある城下町です。慶長八年、最上義光がこの町に「鶴岡」と名付けてから、約一九年後、信州の松代から酒井忠勝公が、鶴岡城へ移り、明治の大政奉還まで十三代、二五○年の間おさめて参りました。酒井忠勝は鶴岡城を本丸として、二の丸、三の丸を築くとともに、町づくりを行ない、城下町の型を整えたといわれます。明治になってからも、庄内地方の中心都市として発展し、ちょうど羽越本線が開通した大正十三年十月に、全国で百番目の都市として市制が施かれました。