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2020-08-14 16:21:00

十五里ケ原の戦 じゅうごりがはらのたたかい

鶴岡市大山字上柳原

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天正十六年、今から四○○年以上前、豊臣秀吉の時代の事です。それまで武藤義興という武将か、この荘内を治めておりましたが、山形城主の最上義光に攻め亡ぼされてしまったのです。その時、十五里ヶ原で仇討ち合戦が始まりました。最上義光が攻めてきた時、小国城に逃げた、義興の養子義勝は、父の本庄繁長、兄の豊後守光長の助けを借りて、ここで合戦し、養父の仇を見事に討ちました。この時、最上義光の味方をしていた、東禅寺城(酒田)の城主の弟、有馬頭(うあまのかみ)が戦死したので、そのお墓を合戦地跡につくりました。