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2020-08-14 16:37:00

母狩山 ほかりさん

鶴岡市砂谷

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母狩山(七五一メートル)は、「母を狩る山」と書きます。昔、安部貞任という豪族が、行方不明になった母親を探しまわり、ようやくこの山で、一人わびしくくらしていた母親と涙の対面をしたという伝説から母狩山と呼ぶようになったということです。 

*役小角:①奈良時代の人、修験道の祖、本名は役小角、大和国(奈良県)葛城郡の生れ。仏教を好み、呪術をよくしたといい、葛城山に入って苦行をつみ、吉野の金峰山、大峰などを開いて修道苦行、文武天皇の時、伊豆に流され大宝元年赦された。 ②中古以来朝延から、諸国に赴任せしめた地方宮、その役所を「国衙(こくが)」とい国衙のあるところを「国府」といった。 ③奈良県吉野山の最高峰、蔵王権現堂を祀る。 ④役の行者が金峰山で修行の際、感得したと伝えられ、念怒、降魔の相をなし、右手に三鈷を持ち、右足をあげた形をしていろ。