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2020-08-15 10:10:00

因幡堰 いなばぜき

鶴岡市馬渡道東

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慶長六年八月(一六○一年)、徳川家康から庄内三郡を与えられた山形藩主、最上義光は家来の新関因幡守久正に藤島城を与えました。その頃藤島地方は水不足のため農村の水争いが深刻で、血で血を洗う毎日だったそうです。これを見た因幡守は自分で赤川上流の水源地を調査し、慶長八年(一六○一二年)、用水堰の開発工事を始めました。工事はその後、酒井藩六代の忠真がひきつぎ、元禄二年(一六八九年)に完成しました。これが今の因幡堰で主流の長さ一三キロ、羽黒町、藤島町、三川町の水田一四七○ヘクタールをうるおしております。