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2020-08-15 10:12:00

三瀬 みせ

鶴岡市三瀬

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三瀬は約一二○○年前、出羽国府の進歩につれ北進して来た、移民の舟つき場として発達し、三つの瀬があったので地名に友なったと言われています。叉、文治年間に兄頼朝に都を追われ、奥州平泉にのがれる時に、山伏の姿に身をかくして来た義経が、この三瀬まで来ると安心し、ここで山伏の姿を解いております。当時この地方は、奥州藤原氏の家来、田川太郎実房の勢力内でした。山伏の姿をといた義経一行は丁度三瀬川が洪水で氾濫しているので、三瀬薬師堂で、二、三日とどまったと義経記にあります。薬師堂は今はありませんが、八森山にあったそうです。