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2020-08-15 11:29:00

長井市今泉 ながいしいまいずみ

今泉は古くから交通の要衝であるばかりでなく、東西置賜地方の境界の地でもあり、米沢付近を上長井郷、長井を中心に下長井郷といって、全体を「長井郷」とよんでいたところです。天授六年(南北朝期・一三八○)に、北朝方の長井広房(米沢城主最後の人)の家臣で総大将の新田遠江守と南朝方の伊達宗遠が戦った古戦場だったところです。新田方は伊達方の待ち伏せにあって、家臣ともどど殺害されてしまいました。伊達氏は遠江守の霊を慰めるため、殺害の地、野中に「五輪塔」一基と、家臣六人の石碑を建て供養したといいます。その五輪塔が、長井市歌丸の金鐘寺に移転し残されています。