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2020-08-15 21:06:00

大橋集落 おおはししゅうらく

南陽市大橋

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大橋は、今では静かな農村ですが、昔は最上川水運の終着駅として賑わった宿場でした。明治三四年頃までは問屋の倉庫が建ち並び、下流から運ばれた物資はここで陸揚げされ、更に米沢藩の産物はここから舟で川を下ったのです。この大橋駅が船着場として利用されたのは幕末に近い文久年間に米沢の上杉藩が「吉野川回漕船」の通行許可書を出してからのことです。その後、最も栄えましたのは上杉藩の統制がなくなった明治維新から奥羽線開通までの約三○年間でした。その頃は、今にくらべて吉野川の川巾も広く水量も豊かでしたから、舟が自由に方向転換も出来ましたし、多い時には舟が一○隻近く並んだと言われます。その繁昌も明治三四年に奥羽線の開通と水害が続いたためにさびれてしまいました。昔は上り下りの船で賑わった大橋も今は静かな農村地帯になっております。