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2020-08-16 21:51:00

鮎貝城跡 あゆがいじょうせき

西置賜郡白鷹町鮎貝3303-1

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鮎貝駅の近くの高台に、杉木立におおわれた鮎貝城跡があります。現在の鮎貝八幡宮境内が本丸跡といわれ、土塁や堀の跡がみられます。そもそも鮎貝氏は、藤原鎌足から九代目の安親が、奥州藤原氏をたよって、長井、白鷹一帯を支配し、その子孫の成宗が応永年間(一三九四〜一四二八)に、鮎貝城を築いて鮎貝氏を名乗ったのがはじまりといいます。しかし、天正十五年(一五八七)、六代の宗信が伊達政宗と争って落城するまで、一帯に勢力を誇っていました。その後、伊達氏、上杉氏の出城として役割を果たし、元禄五年(一六九二)以後は二の丸に鮎貝御役屋がおかれて、藩境の警備と市中取締にあたりました。鮎貝八幡宮の境内には、江戸時代後期の天保十二年(一八四一)から翌々年にかけて建立された、総ケヤキで造られた本殿は、三間社流造り、また同時に造られた拝殿、寛保元年(一七四一)建立の鐘楼などがあります。