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2020-08-17 09:05:00

大聖寺(亀岡文殊堂) だいしょうじ

東置賜郡高畠町亀岡4028-1

0238-52-0444

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文殊山(標高五八六メートル)の麓に亀岡という集落があります。そちらには大聖寺という古刹があり、一般に亀岡文殊堂と呼ばれて真言宗別格本山になっています。奈良県の安倍文殊や京都の切戸文殊とともに、日本三文殊の一ツに数えられております。大同二年(八○七)に徳一上人は文殊山が中国の五台山の姿に似て神秘な霊地であると感じ、堂宇を建立したのが始めと伝えられています。以来、皇室の勅願所として栄え、徳川家からも御朱印百石を賜わって中納言格の待遇を受けました。古くは文殊寺と号していましたが、天正年間には大聖寺と改められました。文殊堂は知恵の文殊として知られる、文殊菩薩を本尊としているため、願望成就と共に入学、入社試験などの祈願に訪れる人があとをたちません。文殊菩薩のそばには徳一上人の作と伝えられる大黒天があり、参道入口には仁王門や金剛力士像があります。

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文殊山(五二二メートル)の中腹にあるのが、日本三文殊のひとつに数えられている亀岡の文殊堂です。文殊菩薩は知恵の文殊として名高く、本尊の大日如来とともに、多くの信仰を集めています。特に文殊様は諸願成就に霊験あらたかといわれ、受験期には古松、老杉のしげる境内は、祈願者でにぎわいます。大聖寺は真言宗智山派で、大同二年(八○七)に徳一上人が開いたと伝えられます。文殊堂に安置されている文殊菩薩は、中国の五台山から伝来したものを、当時、東大寺の住持をつとめていた徳一上人が亀岡に移したといわれ、皇室や江戸幕府からの崇敬が厚い、名刹として知られたお寺です。また、現在の堂宇は、米沢出身の高名な伊東忠太博士によって、大正三年(一九一四)に再建されたものです。 

*日本三文殊:奈良県桜井市の安倍の文殊、京都府宮津市の天橋立切戸の文殊、亀岡の文殊