インフォメーション

2020-08-17 10:52:00

清川について きよかわ

東田川郡庄内町清川

------------------------------------------------

清川は昔、「清川の津」と呼ばれ、平安時代の記録簿、延喜式によりますと、今からおよそ一三○○年も前からすでに、この集落があったということが記されております。最上川と共に生きて来た集落といえましょう。内陸と庄内の旅は、古口~清川間の道路がけわしいため、殆んどが舟を使ったので、庄内藩は清川に関所を設け、通行者を取りしまらせたといわれます。そのため清川には、参勤交代でこの集落を通る大名の、豪華な宿舎が軒を並べ、五〇〇名の家臣をつれた大名行列等、とてもは華やかなものでした。とにかく庄内の殿様方が、一度江戸へ往復すれば、清川へ落す舟賃、その他の収入で清川の人々は、二年は生活に困らなかったといいます。東遊記という本の中に「清川は豪家も見え風俗もよろしく、人足に出るものの衣服いやしからず、馬まで形美しく山川草木上々国の風土なり」とあります。幕末の有名な新徴組の隊長、清河八郎が生まれたのもこの地で、左手、現在は製材所となっているところが、清河八郎の生れた家です。